クロマグロ、ノドクロと完全養殖の時代に、あえて“年魚”を守る──岐阜県魚苗センターの思想

近畿大学によるノドグロ完全養殖成功のニュースは、水産業界に大きなインパクトを与えました。天然資源に依存しない安定供給。価格の平準化。技術革新としては、間違いなく賞賛に値します。

しかし、そのニュースを読みながら、私たちは少し立ち止まりました。

養殖技術が進化すること自体は希望です。けれど同時に、「自然の営みをどこまで再現し、どこまで手を加えるのか」という問いも生まれます。養殖魚は効率化と安定化を目指しますが、魚本来の一生、すなわち“自然史”をどう捉えるかは、生産者の思想に委ねられています。

岐阜県魚苗センターのアユは、その思想が明確です。
私たちは、アユの自然史──川で生まれ、海へ下り、再び川を遡上し、産卵して命を終える「年魚(ねんぎょ)」としての一生──をできる限り再生する生産方法を採っています。

最大の特徴は、「年魚」という概念を強く意識していること。
ここで育てるアユは、その年に長良川で捕獲された天然親魚のみを掛け合わせたF1種。世代を重ねることなく、その年の系譜をその年に受け継ぐ。これは単なる技術論ではなく、思想です。

完全養殖が“世代の固定化”を志向するのに対し、私たちは“循環”を志向します。毎年、長良川の天然アユの血を受け継ぐことで、清流が育んだ遺伝的多様性と香り、体質を守る。それは、皇室の御漁場として歴史を刻んできた長良川のアユの系譜を、次代へ手渡す作業でもあります。

効率だけを追えば、別の方法もあるでしょう。しかし、御漁場を抱える長良川のアユには、単なる商品を超えた“物語”があります。川の水質、川苔、気候、そして人の営み。それらが織り重なって育つのが長良川のアユです。

技術は未来を拓きます。けれど、自然をどう尊重するかは、私たちの姿勢にかかっています。

完全養殖の時代だからこそ、あえて「年魚」という自然のリズムに寄り添う。それが、岐阜県魚苗センター、そして毎日SPCが選んでいる道です。

進化と伝統は、対立ではありません。そのあいだにある“思想”こそが、これからの水産業を決めていくのではないでしょうか。

2026.2.10朝日新聞朝刊